Paeonia Garden

牡丹の英匂ひ満ち 大巾利巾の獅子頭 打てや囃せや 牡丹芳

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新宿西口~熊谷

※写真はアップローダー安定後に改めて。

朝9:15に新宿西口スバルビル横に集合。9:30定刻で出発です。
今回は師匠含む12名で貸切バス旅。
熊谷(妻沼聖天)→足利(鑁阿寺)→湯西川温泉泊→那須(殺生石)
という、往路の距離的には中々にハードな行程(笑)

まずは関越道高坂SAで最初の一休み。
SAでの買い食いはお約束よね。朝食替わりのコーンチーズ天を串でガブリ。
(写真は…無い<笑)
11時近くに熊谷は妻沼聖天宮に到着。
しかし、走行距離を考えるとつくづく埼玉の広さというものを実感しますな。

妻沼聖天は当地の庄司であった斎藤別当実盛が自らの念持仏を本尊として
祀ったのが最初とされ、後に次男であった斎藤六(この人も平家物語ではメジャーね)
が出家後、頼朝に請願し裁可を受けて荒れた寺の復興修復を成した(建久8年)と
伝えられています。
その後、安達、成田、新田、と歴代の領主の庇護を受け、江戸時代に入ると
徳川家により寺領安堵の朱印を受けて地元の尊宗を集めておりましたが、
寛文の大火(1670年)により類焼。
再建の準備に長い年月をかけ、享保20年(1735年)着工、宝暦10年(1760年)落成。
東照宮にも例えられる豪壮を極めた彫刻尽くしの権現造り本殿が完成。
近年の修復(総工費12億円)を経て彩色の蘇った本殿は昨年7月に国宝指定。

うーん、日光と比べると、彫刻の自由度が増しているかな。と感じます。
幕府の権威の象徴として儒教思想を含め武家の威圧的嗜好で「これでもか」と言わん
ばかりの(いや、それはそれで面白い部分もあるんだけど)日光と比して、
こちらは福神が暢気に持物を子供の玩具にさせて遊ばせておきながら、本人たちは
碁を打っているとか、桃や枇杷の実る中戯れる猿があちこちに。とか、
で、その中にきちんと四季の移ろいがあって風趣が感じられます。

本殿正面の軒にはそれぞれ籠彫り(中を中空に刳り貫いて彫っていくので、見た目の
大きさより重量が軽減されている上に立体感に富むという一粒で二度美味しい造り)
が施してあり、個人的には波の中で口をパクパクさせている鯉が気にいったかな。

境内には斎藤別当の銅像も座っております。
木曾追討の篠原合戦出陣前夜、鏡を見ながら筆を手に髪を染めている姿。
流石は平家物語で一、二を争う「元気な男前爺さん」じゃのう。惚れるわ。
(ちなみにもう一人の「男前爺さん」はゲリラ戦が得意な源三位<笑)

熊谷では午前中滞在となり、日差しが出てくる前で比較的過ごしやすい時間帯でした。
これから足利へ向かいます。

| 美術・博物館・名所旧跡 | 22:54 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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